裂固は若干23歳にして、すでに知名度は全国区の人気ラッパーだ。
以前からバトルなどでも活躍しているが、発売されたばかりのアルバムでは新しい世界を見せている。韻の硬さやスキルの高さから「ハードライマー」とも呼ばれる彼が見せた新境地について、この記事の中で迫っていこう。
裂固の待望の2ndアルバム「omniverse」
裂固が2020年9月9日にリリースした2ndアルバム「omniverse」は、「すべての宇宙の集合体」という意味を持つ。
マルチバース(多元宇宙)は宇宙の集合体を意味するが、オムニバースは観察できる宇宙と未知の領域を総括した時空、というべきだろうか。
独立した視点からのストーリーを1つの物語にする「オムニバス」と、バースをかけているのだろう。つまり、異なる世界観や思いを裂固とDJ MOTIVEが包み込んでひとつにするという意味合いが込められていると思われる。
若干オカルト的な話になってしまったが、「DELICATE HERO」のMVを見れば言わんとしていることが分かるかもしれない。
いくつもの階層、地面の水たまりに写る太陽、レミ街の「baimo」をサンプリングしたシンプルかつ複雑なトラックが流れるのは、知っているようで知らない、知らないようで知っている世界だ。
まるで影のようについてくる不安 思うようにいかず空へと吐いた唾/
孤独な暗闇の中 臆病な目に光が映った
雨が止んで虹のかかるmy way 苦悩を忘れるほど快晴だ/
過去に天に吐いた唾 雨となり降り視界を遮る/
俺はやると決めたらやる男 どんな未来だって臨むところ
GET FASTERはタイトルの通り、シンプルなビート上で段々早くなるラップが魅力の曲だ。
ラッパーがこういった新しい試みをしているのが見られるのはヘッズの喜びだ。最後にスキャットで締めているのが遊びがある。
夢の果てはフリースタイルダンジョン出演期間中に発表された曲だ。
対して中身のない会話 全く学ぶ物がないサイファー
君が唾を吐き捨てたフライヤー 俺がそのイベントの主催者
もうこの始まりだけでいい曲だと分かる。有名になっても、自分を見失わずもっと高い位置を目指していくという決意が込められた曲だ。
アルバム発売に先駆けて発表された「いつもここから」は、チルサウンドと雄大な自然が合っていている。どこかMVの雰囲気が似ている「夢の果て」と比べると、発声の仕方がかなり変わったことが分かる。
PLACE OF BEGINNINGは、裂固の深い精神世界が固い韻で表現されている。
裂固の曲には、「自分を保つこと」「自分の基準で考えていくこと」といったメッセージが良く出てくる。若くして日本語ラップのスターとして活躍していくことは、我々見る側からは想像できないほどの苦労があるだろう。
そんなプレッシャーに負けずどんどん新しい姿を見られるのは裂固が自分を見失わずに、前を向くことをあきらめずにいてくれたからだ。
アルバムにはdeadbundy/K.LEE/HUNGER(GAGLE)/日系兄弟/HARDVERK、そして裂固がラッパーを志すきっかけとなった輪入道が客演として参加している。
全曲DJ MOTIVEプロデュース
「omniverse」はDJ MOTIVEがプロデュースしている。
DJ MOTIVEも岐阜を拠点に活動しており、美しいチルアウトやジャズヒップホップサウンドを得意とするトラックメーカーだ。
1stアルバム「TIGHT」でもトラックを提供しているが今回は全曲手掛けており、アルバム全編を通してDJ MOTIVEワールドが炸裂している。
ちなみにDJ MOTIVEのバンドdeadbundyも、3曲目「CLOSE MY EYES」で参加している。
裂固は固い韻をはっきりとした聞き取りやすい発音でライムするスタイルなので、DJ MOTIVEとがっつり組むのは意外な感じがあった。しかし、できたアルバムを聴いてみると裂固の深い考えや繊細さが引き出されていてこれまで見えていなかった面を見る事ができた。
2人のインタビューはこちらから
バトルでは世代関係なく強さを見せる
裂固と言えば、バトルを思い浮かべる人も多いだろう。
Lick-Gとの伝説的名勝負を繰り広げた第9回高校生RAP選手権、上記動画のSPOTLIGHT2016の優勝など多くのバトルに参戦し実績を残している。
フリースタイルダンジョンでもそうだったが、バトル中にゾーンに入ってバチバチに踏み出す裂固は「若手」という言葉に収まらない迫力がある。
裂固は15歳くらいからすでに一目置かれるスキルを持ち、シーンで注目されるのも早かった。
オーディエンスの期待値も高くなっていき、高水準のフリースタイルやバトルのはずなのに、「まぁ裂固ならこれくらいやるだろう。」と感じて正当な評価を受けにくくなることもあるのかもしれない。
それでも、全国的に知られるラッパーになってから何年もたったあとでも、これだけ客を沸かせ続けるのはさすがだ。
進化を続けるモンスターの宇宙を楽しもう
omniverseはこれまでとは違った裂固の色々な表情が見られるアルバムだ。
内省的、精神世界的なテーマも多く、じっくり何度も聞き返したくなる仕上がりとなっている。
コロナ禍で外出する機会が減ったことやストレスや疲労を感じる機会が増えたことなどから、1人でゆっくり聞ける音楽の需要も拡大している。
また歩き出すために一度立ち止まって深く考える、omniverseはそんな今にぴったり合った1枚だ。