Moment Joonが、この度i-DとNIKE Japanのフューチャーチェイサーズに選ばれた。これまでにない変化を迎えようとしている今、より良い社会を作るために行動している人達を「フューチャーチェイサーズ」としてピックアップし、その行動をサポートする運動だ。ゲストエディターは大坂なおみが務める。
フューチャーチェイサーズ:Class of 2021が始動
未だ未曽有の混乱の只中にある2020年も年の瀬を迎えつつある今、i-DとNIKE Japanが新たな試みを始めた。
「フューチャーチェイサーズ」は、自分の手で未来を選んでいるアーティストやアスリートを迎えてそれぞれの活動を後押ししていくことを目的としている。
プロジェクトの始動を記念し、大阪なおみからメッセージが寄せられている。ラケットはお馴染みのヨネックス、自身がプロデュースしたEZONE 98 NO LIMITEDだ。
「誰も傍観者ではいられない」まさに、今現在起こっている価値観の変化はあらゆる人が当事者だ。様々な考えを持つ人、これまでと同じ考えを持ち続ける人がいても、変化の風に吹かれない人はいないだろう。
彼女は全米オープンでBlack lives matterTシャツを着たほか、警官などによる不当な暴力によって殺された人々の名前が書かれたマスクを着用して会場に現れた。Breonna Taylor、Elijah McClain、Ahmaud Arbery、Trayvon Martin、George Floyd、Philando Castile、そしてTamir Rice。
一時は欠場も視野に入れていた彼女が、我々観衆にBLMの重要性について問題提起を行った姿は日本でも議論が巻き起こった。
「スポーツに政治を持ち込むな」「暴力を肯定するな」当時はもっと見るに堪えない言葉も多く投げかけられた。そこまではっきりとした拒否反応を示さなくても、スポンサーの事を考える「大人」な言い回しで拒絶する声もあった。
一連の流れで、Colin Kaepernickらの事を思い出す人も少なからずいただろう。
彼は2016年8月の試合前に、人種差別への抗議の意味を込め国歌斉唱時の起立を拒否。甲論乙駁となったが、彼に続いて他の選手が国歌斉唱時に膝をついて抗議する姿が続々と見られ2017年にはトランプ大統領・ペンス副大統領が非難するコメントを出し、その翌年にNFLが起立を義務化するまでの騒動に発展。(2020年6月にはBLMの影響を受け国歌斉唱時の起立は義務ではなくなった。)
奇しくも、Colin KaepernickもNIKEと契約を結んでおり、彼を非難するためにNIKEのスニーカーに火をつけた様子をアップする人まで現れた。
この一連の動きは、日本にはない外国ならではのものだろうか?説明するまでもなくそんなはずはない。
話を今回の企画に戻そう。
この度フューチャーチェイサーズとして選ばれたのは、以下の8人だ。
- リエハタ(ダンサー/コレオグラファー)
- 永里優季(サッカー選手)
- UMMMI.(映像作家)
- 白井空良(スケートボーダー)
- 籾木結花(サッカー選手)
- 菊乃(パープルシングスデザイナー)
- 下山田志帆(サッカー選手)
- Moment Joon(ラッパー)
それぞれが、同調圧力や固定概念など日本の古い慣習にとらわれず社会をよくするためのアクションをしている。コメントはこちらの特集ページから確認してほしい。
「同調の対象さえされない」日本
Moment Joonは日本のHIPHOPからただ1人選出されているが、これまでの活動や活躍を思い返せば至極当然だし、フューチャーチェイサーズとしてヒップホップ界で彼以上の適任はちょっと思いつかない。
日本人の同調圧力についての質問については、以下のように答えている。
同調の対象にさえされないっていうのを感じる。お前の意見なんて聞く価値が無いからって切り離されるっていう経験をしてきたから。日本は、メインの場所から離れた小さな島みたいなものを疎外した人たち用に用意して、存在はさせるがメインの場所へ声を届けることはできず、入ってくるなよという圧力をかける。
「同調の対象さえされない」というフレーズは強烈だが、日本の風潮を端的に表している。
ノーマルの枠から出ている人のことを視界の外においてしまう。存在を感知しないことは、自尊感情を委縮させるのに効果的で、骨から冷えるほど冷酷な暴力だ。
よく女性や、マイノリティとされる人の躍進を阻む障壁の例えとして「ガラスの天井」と言われるがその天井はすりガラスかもしれない。向こう側から存在自体は見えても、細かい部分はぼやけている。
何かについて論ずる時に「もし自分だったら」「自分だったかもしれない」と、当事者意識を持たせることはナンセンスかもしれないが、当然どんな人でも疎外の対象となりえることは知っておくべきだろう。差別は我々の本当にすぐ身近にある。6月に発表され反響を呼んだcrystal-zのSai no Kawaraを聞いていない人はぜひ一聴してほしい。
あ
Moment Joonのファンは大坂なおみとの並びを見て、「Home / CHON」を連想するかもしれない。
外人って日本から奪ってるだけ?
弁当屋で働いてんじゃないの?
コンビニで俺らを見たんじゃないの?
使った後は捨てる
あの技能実習生たちは今どこ?ヘドがでる
でもそりゃ話さない ワイドショーは
学校のイジメこそ日本の調和
そのせいで何人の子どもが涙を流した俺がニッポンになる お前が気づく頃
大坂ナオミが優勝しなくても 日本人ってちゃんと呼ばれる時代が来るぞ
陰謀論の矛盾を指摘し、日本人の人権意識の稚拙さを浮き彫りにしたこの楽曲は、「Passport&Garcon」に収録されている。リリースされてから半年以上が過ぎたが、今年のベストアルバムであるという事実は疑いようがない。
You Can't Stop Us新CMも話題に
11月28日に公開されたNIKEのYou Can't Stop Usの新ムービーは、YouTubeで早くも再生回数700万回、Twitterでのカウントは1,200万回を超えている。
このムービーには、3人の少女が登場する。
在日コリアンの少女、黒人と黄色人種の両親を持つ少女、家にも学校にも居場所がないと感じる少女が、サッカーやスポーツを通して自分で未来を選ぶストーリーで、途中には大阪なおみや永里優季など彼女たちのヒーローも登場する。
床で勉強させられたり、すれ違う大人にチマチョゴリ姿をじろじろと見られたり、好奇の目で同意なく髪を触られたりする姿には心が痛む。自分がされてきて嫌だったことを思い出して憂鬱に思いながらも、自分も無自覚のうちに誰かを傷つけてきたことを考えて背筋が凍るような心地だ。
いつか誰もが
ありのままに生きられる
世界になるって?
でもそんなの待ってられないよ
と、自分で未来を動かしサッカーを通して仲間を見つけていく希望のあるラストだ。
動画公開直後から多くのコメントが集まっているがその内容は肯定的なものから、「日本を辱めるな」「日本へのヘイトだ」「黒人差別なんて日本にはない」と誇大解釈をして反対する内容まで。在日コリアンや朝鮮学校の生徒が「差別されている」表現に拒否反応を示す声も、少なからず見られた。
「日本にも差別があり、苦しんでる人が存在している」ことと「日本人は皆差別主義者だと糾弾されていること」を混同しているのかもしれない。対象の暴力性を拡大して差別行為に正当性を持たせるのは、使い古された方法だ。ヘイトコメントが付くほど差別があることの証明になるし、この動画の存在自体がカウンターとして相対的に価値を高めていくだろう。
個人的には朝鮮学校ではなぜ女子が民族衣装の制服で、男子がブレザー(または詰襟)なのかずっと気になっている。
中には宮下公園の件やウイグル人労働者の問題を引き合いに出している意見も見られた。ウイグル族への弾圧や強制労働を問題視しつつ、差別に屈しない内容の動画を非難するのは不思議な気もするが要は「言ってることとやってること違うんじゃないの」と指摘しているのだろう。
確かにこれらの問題も重要なので非難の材料として終わらせず、建設的な議論に繋げて行けたらと思う。
一部の人がNIKE製品の不買運動を呼びかけるなど混乱はしばらく続きそうだが、貧困な人権意識の横行や議論下手は我々が今まで蓋をして通り過ぎてきたツケなのだから少しずつでも声を上げて勉強していかなければならない。
日本移民日記も更新中
Moment Joonはライブ出演や音楽業と並行して文章も発表しており、現在は岩波書店のWebマガジン「たねをまく」内で、「日本移民日記」を連載中だ。
11月27日に更新された第2回目のテーマは「言葉」、移民である彼が日本語をしゃべることについて分析している。
イントネーションの高低については、Nobody Elseのリリックでも言及していた。
俺は落ち込む時はどん底 怒る時は天井
お前らは終始ずっとてててて同じテンション
あら 日本語って上がったり下がったりするんじゃないの?お前ロボット?
「日本語上手ですね」や、「〇〇さんは心が日本人だから」というフレーズは後天的に日本語を習得した人を異物だと考えられているから出る言葉。日本語能力と日本人らしさを混同している日本語母語話者・・・などギクリとする文章が続く。第二言語、第三言語としての日本語話者は国際的に見て少ない中で、「わざわざ日本語を習得するなんて日本のことが好きに違いない」と思ってしまうのだろうか。仮にそうだったとしても他者が評価したり先生気分でこき下ろす権利などないのだが。
ネイティブと遜色ないほど日本語が上手くなると不気味の谷現象が起こり、たまの間違いを嬉々として指摘される部分と、コンビニに行こうとして喋りたくないと考えている自分に気づいてやめたくだりは読んでいるだけでしんどくなってしまった。本人の気持ちたるや察するに余りある。
なまりのある日本語を聞いて、「違う」と認識する意識の変化について言及している部分ではLouis C.Kを思い出した。
全米No.1コメディアンLouis C.K傑作選『マイルドな人種差別』(日本語字幕付き) pic.twitter.com/hqjB3QH0Qc
— LiT|翻訳キュレーター (@LiT_Japan) June 13, 2019
※Louis C.Kは2017年に明らかになったセクハラ問題により現在は表舞台からは離れざるを得ない状況で、この動画は2015年5月にSNLに出演した際のものだ。
後天的に学習した日本語を話す人に対して日本人らしさを期待して、上から評価する構図は、Moment Joonの音楽を聴いて心動かされている自分にも通じないだろうか?自ら声を上げている人を勝手に代弁者として都合よく利用していないだろうか?本人が意図した以上に何か意味を付けて負担をかけていないだろうか?
これから先もずっと考え続けなければならないことだろう。そしてその都度声を上げていかなければ。「声なき賛同者」は美学ではなくなりつつある。
とりあえず現時点では、「Passport&Garcon」がより多くの人に聞かれるようになること、You Can't Stop Usに出演した少女たちのプライバシーが守られることを望んでいる。