Moment Joonが2月に発表した「BAKA」のremixバージョンが12月23日0時にリリースされた。
なんと鎮座DOPENESSとあっこゴリラを迎えた豪華リミックス。
事前告知はなく一時間前に配信をアナウンスしたのだが、そのツイートには12月30日にかねてより制作されていた「Passport & Garcon」のデラックス版がリリースされることも併記されていた。
後1時間!!
2020.12.23 先行配信
先行配信シングル
BAKA (Remix) [feat. あっこゴリラ & 鎮座DOPENESS]https://t.co/gaesce9RMvアルバム先行予約
Passport & Garcon DX
New Album iTunes Pre-orderhttps://t.co/TnyWo0U3kj— Passport & Garcon DX #AOTY (@MOMENT_JOON) December 22, 2020
三者三様の暴れっぷり
「BAKA」は、元々Moment Joonが2020年に最初にリリースした楽曲で、同じ曲のリミックスが2020年(おそらく)最後のシングルとなる。
不安や恐怖を根源とした閉塞感が限界まで膨らんだ風船のようにパンパンになっていたところに針が刺されたような解放感があった。
聞いてからしばらくは様々な感情が溢れていて、発表から数日たった今でも気持ちを言葉にしがたい。
社会全体の大きなものから、自分の身の回りの小さなことまで蓄積された「べき論」が吹っ飛ばされたような気がした。
リンクコアの概要には、
Passport & Garconの先行配信シングル
日本社会が思う「バカ」、そして参加アーティストたちが定義する「バカ」。「バカ」をテーマに暴れる曲。客演にはあっこゴリラと鎮座DOPENESS。
初めて聞いた時は鎮座DOPENESS→あっこゴリラ→Moment Joonと曲が進むにつれて、対象が広がっていくかのように感じた。だが、よく考えてみると自分も半径数メートル以内の身の回りも確実に社会を構成する一員なのだ。
人様からありがたき アドバイス
右から左へ 抜けていく
正真正銘 俺は俺 D.O.P.E.N.E.S.S
未だにゲームに鎮座
どの面どの面さげてスマイル?
代わりに大声で叫ぶFuck you
バカでっかい音慣らし バカさわぎしている
周りはバカばっかだまったく(鎮座DOPENESS)救いようのないザルもラップで自分を救う救う救う
また出た、「その年でギャルっすか?」「フェミこわ」
「差別はない」「お前ヌルい」「雑なラップ」「マジバカ」
おい助けろブッダ シャカ
孤独 地獄の中 ブンダブンダブンシャカラカブンダ
これがあっこゴリラのスーパーエンターテインメント
まさにバカじゃないとできぬ神業(あっこゴリラ)
※耳コピなので間違っている、聞き取れていない部分があります。
自身も参加した「洗脳」の一節を最後に引用していたが、たしかに戦後から現在までに繋がる社会の構造を皮肉ったこの曲とは共通するテーマがあるように感じる。
「洗脳」のMVの中では最後にプロレタリア革命を果たしたようにも見えた。「肉体文学から肉体政治まで」もかくや。
「BAKA」のオリジナル版と「洗脳」ヒップホップ界でも重要なメッセージが込められた楽曲が同時期に発表されたのは、これまで蓋をされていた社会的な矛盾が無視できない局面に入ったことの表れのようだ。
ECDをサンプリングしたオリジナル版
「BAKA」のオリジナル版が発表されたのは2月21日。すでに新型コロナは大きな世間の関心事ではあったが「しばらくしたら収まるだろう」と楽観視していた人も少なくなかった。
コロナ以前の「バカ」をテーマにしたオリジナル版と、その後の混乱を経た後のリミックス版では受け取る印象が違うかもしれないが根底の部分は変わっていないように見受けられる。
煽りとして「バカ」というワードを選んだのも関西、とりわけ大阪的なセンスだと感じたが同時に、ECDのこのツイートも思い出された。
「『意識高い』と陰口」
皆、バカだと思われていたいのか?https://t.co/tPdazTJBEa
— ECD (@ecdecdecd) April 17, 2015
聞きたくないお話
俺達はぶっ放し
止められないバカ達Momentは意識高い系って呼ばれてるけど
ならお前たちはなんて呼べばいいの?
意識低い系?意識がない系?意識捨てた系?
現実の日本と離れたところで住んでる系?
意識高い系~の部分で、オートチューンがかかっているのがシニカルで好きだ。
邪推は置いておいても、この曲はECDの「言う事聞くよな奴らじゃないぞ(yeye vesion)」をサンプリングしていることは事実だ。
渋谷どーなる 知るかグローバル
ひびけ一斗缶 たたく3時間
反戦 反弾圧 反石原 言うこと聞くよな奴らじゃないぞ!
ひっぱりあげる倒された仲間
やっぱりポリスFuckだ人殺し
FIGHTのRight種類ただ連呼
殺すな 殺すな
鳴り物 準備集合罪 WACK
と、2003年当時に勃発したイラク戦争に反対するメッセージが込められている。
当時、世界中でかなり大規模な戦争反対デモが行われたが、日本でも多くの人が参加した。ECDでは渋谷で行われたデモの様子をリリックにしており、反戦や平和を掲げたデモの中には高校生の団体もあった。
「言うこと聞くよな奴らじゃないぞ」は、レナウンのCMソングとして1967年に発売された朱里エイコの「イェイェ」をサンプリングしている。
ちなみにイェイェの本場・フランスでは翌1968年にベトナム反戦から資本主義体制を批判し社会変革を求める「五月革命」が起こった。
政治的・社会的なメッセージこそ崇高で革新派が素晴らしいという意味ではなく、大きな社会的トピックは個人と別の問題ではない。我々一人一人の価値観に作用して生活に影響を与えることを知っておくべきだろう。
超豪華アーティストが参加した「Passport & Garcon DX」
12月30日にリリースされる「Passport & Garcon DX」では、「BAKA(Remix)」の他にも豪華アーティストがゲストとして参加している。
収録曲は以下の通り。
- KIX / Limo
- KACHITORU (feat. Young Coco)
- IGICHIDOU
- KIMUCHI DE BINTA
- Home / CHON (feat. 蔡忠浩)
- Losing My Love (feat. HUNGER)
- MIZARU KIKAZARU IWAZARU
- Seoul Doesn't Know You (feat. Justhis)
- DOUKUTSU (feat. Gotch & Kiano Jones)
- Hunting Season
- Garcon & Babae In The Mirror
- TENO HIRA with Japan
- Apocalypse
- BAKA (Remix) [feat. あっこゴリラ & 鎮座DOPENESS]
4月に発売されたオリジナル版とはカラーリングが変わっており、赤い炎に包まれている。
BAKAは元々Passport & Garconには入っていなかったので、デラックス版で初めてのアルバム収録となる。
「KACHITORU」には様々なエリアで支持されているYoung Cocoが参加。
「Home / CHON」にはbonobosのヴォーカル蔡忠浩
「DOUKUTSU」にはバンドだけでなくソロでも活躍しヒップホップにも造詣が深いGotchと、
レーベルメイトでMOMENT時代にも共演している Kiano Jones
という豪華なラインナップだ。
他の楽曲も一部タイトルが変わっているものもある。
Garcon In The Mirrorは、Garcon & Babae In The Mirrorになっている。Babaeはフィリピンで使われるタガログ語で女性という意味だが、これもGarconのように本来とは異なる使い方からヒントを得たのだろうか。
TENO HIRAも、 featからwithに代わってより共にある感じが強くなっている。
新しく追加されたバースもあるそうなので、今から発売が楽しみだ。
曲目だけ見ると10月に配信ライブとアフター6ジャンクションで披露した「Album of The Year」は収録されないのかもしれない。とてもカッコいい曲だったので、また別の形で聞けると嬉しい。
What is Moment Joon made of?
イギリス発の日本の音楽を専門的に取り扱っている「The Glow」に、エッセイとラッパーとしての自分を作ったプレイリストを発表した。
原文では“songs that made the ‘most political rapper’ in Japan”(日本の「最も政治的なラッパー」を作った曲たち)がテーマとなっている。
紹介されている楽曲は、以下の5曲。
- Drunken Tiger - "내인생의반의반"(The Quarter of My Life)
- Kendrick Lamar - "Real"
- BIG K.R.I.T. - "Bury Me In Gold"
- キリンジ - エイリアンズ
- Moment Joon - TENO HIRA
Moment Joonにとってどれも思い入れの深い、大切な曲であることが文章から伝わってくる。どんな人にとってもそうだが、孤独な夜を共にした友人は忘れがたいのだ。
個人的にすごく印象に残ったのが、ケンドリック・ラマーとBIG K.R.I.T. の項目だ。
比較されることが多いというケンドリック・ラマーから、勇気を学んだというMoment Joon。
「It’s not his intelligence that moves us, but his vulnerability.(私たちの心を動かすのは彼の知性ではなく、(弱さや傷つき間違うことを厭わない)無防備さです。)」
それはまさに我々がMoment Joonに感じていることではないだろうか。
BIG K.R.I.T.の部分では、カトリック教徒でありながらも神の存在を疑ってもいるMoment Joonにムスリムの友人が「疑い続けなさい、それもあなたが授かった神の思し召しなのだから」と言ったエピソードは強烈だった。
遠藤周作が「沈黙」で神の沈黙と信仰についての問題提起を、「深い河」で神は全てを包容していると描いたことを思い起こさせる。(ちなみに深い河の大津が神を玉ねぎに例える場面は河合隼雄との対談に着想を得たと思われる。)
そして、プレイリストの最後に自身の楽曲「TENO HIRA」を挙げているが、この曲に込めた気持ちや自分の音楽を貫いてきたキャリアについて冷静な視点で丁寧に書いている。
そして、これはぜひ自分自身で読んで欲しいので詳しい説明は避けるが、終盤の文章は涙無くして読むことが出来なかった。「TENO HIRA」を初めて聞いた時も同様に心打たれた。
蛇足だが、以前当サイトで「IGUCHIDO」のMVについての記事を解説したことがあった。
その際に、「クィアアイ」のエピソードをご紹介したが言葉が大分足りなかったのでここで少し補足させていただきたい。
移民2世の韓国系アメリカ人のエピソードを紹介したが、それは彼女が移民を親に持ちながら努力を続け医者になったことを賞賛したいわけでも、自分自身を愛するためにはまずセルフケアが大切だと言いたいわけでもない。(もちろんそれらを軽んじているわけではないが)
自分に対しても他人に対しても人間の尊厳を損なう行為は許されないし、それを思っているだけでは気持ちは伝わらない。何らかのアクションを起こして表に出さなければいけないと改めて感じたのだ。例え周りに逆風が吹いていたとしても。