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Moment Joon「IGUCHIDO(井口堂)」のMVから紐解く世界観

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9月Moment Joonの新しいMVが公開された、曲名は「IGUCHIDO(井口堂)」。1stアルバムの「Passport & Garcon」に収録されている曲だが、Immigration EPの1曲目にも収録されていたり以前からライブなどで披露されたりしてファンにはすでにお馴染みの存在だ。公開された映像は曲のイメージとは違ってクスっと笑える工夫も多いが、その中にも鋭い場面が散りばめられている。

初めて彼の曲に触れる人にはわかりにくい部分もあるかもしれないので、新MVをヒントにしてMoment Joonがどんなラッパーなのかほんの少しでも触れていければと思う。

以前のMoment Joonの記事はこちら

Moment Joonは100%井口堂

「大阪池田井口堂 グリーンハウス25号」

ここ最近のMoment Joonの曲の中で最も多く出てきたフレーズかもしれない。

これは実際大阪府池田市にある地名および建物の名前で、Moment Joonが住んでいる場所だ。

自分が生まれた場所や住んでるエリアをレペゼンするのはHIPHOPでも基本的な要素だ。アメリカから始まり、今では世界中のラッパーが自分たちの地元にリスペクトを捧げている。

しかし、実際に住んでいる建物や部屋番号までリリックに乗せて何度もラップするのはかなり異例だ。「IGUCHIDO(井口堂)」がどんな曲か分からない人は、9月11日に公開されたMVを見て欲しい。

映像は1月末の都内で、Moment JoonとGROW UP UNDERGROUND RECORDS代表の浅芝祐氏が打ち合わせをしている風景から始まる。

浅芝祐氏は「シバさん」としてMoment Joonの曲にもよく登場している。

2人はなにやら撮影済みのMVの仕上がりに不満そうで、次々とテコ入れのアイディアを提案していく。それが段々エスカレートしていって曲のシリアスな世界から外れていってしまう。Moment Joonや担当ディレクターの声がテロップとなって表示されるのだが、ツッコミを入れるところもあって見ていて笑ってしまうところも多い。

シーンごとのタイトル画面はエヴァ風になっているので、彼とのつながりはあったか?と思い返すと、「Passport&Garcon」発売前にジャケットのアートワークについて以下のように触れていた。

「このMVはちょっとコミカルな雰囲気なのかな、」と思った次の瞬間、Scene2に移る。なんと、在留カードをそのまま映すのだ。

情報が伏せられているのはカード番号だけで、本名・住所・在留期限まで鮮明にうつしだされ、顔写真と「就労不可」の文字がクローズアップされている。

歌はちょうどhookで、歌詞は以下の通り。

大阪 池田 井口堂

グリーンハウスの25号

文句あんなら会いに来い huh?

文句があるやつらは会いに来い

自分の身分証を明らかにして、「文句があるなら会いに来い」とは恐れ入る。これまで実際に訪れた人もいるそうだ。(ちなみにYouTubeの動画ページにもしっかり場所付けされている。)

彼は折にふれて「対話が必要」「差別よりも喧嘩ができるようにしたい」「批判でもいいから無視はさせない」といった旨の発言をしている。

こういった発言や曲のイメージからMoment Joonを好戦的な人間だとレッテル貼りをするのは、あまりにも早計だ。

怖いと思うからこそ、変えたいと思うからこそ取り上げるのだ。

力弱い人にとって何よりもつらいのは、叩かれるとか嫌われるよりも、その存在自体を無視されることだと思います。

グリーンハウスに来て僕に会えば、せめて僕が存在してることは認めることになるでしょう。

インタビューより

今年4月に行われたストリーミングライブで、曲間に行われたファンとの質疑応答でも「弱さを見せずに強さを見せることはできないと思います。」と答えていた。

彼女も特別出演

「Natasha's Song」などでもお馴染みの彼女も、このMVに出演している。

Scene8バルコニーFlexで、「住所言っちゃってどうするの?」「引っ越したらこの曲もう歌わないの?」というセリフが文字で出て、Moment Joonが閉口する流れが面白い。

個人的に時折曲やインタビューなどで出てくる彼女のはっきりした発言が好きなので、このシーンもすごく楽しく拝見した。

その後も、「もっとスローにしてください!」「色味を大胆に変えて!」というリクエストを出したり、飛行機をバックにしたテイクなど場面は次々に移り変わる。

「Scene13 君の為の歌だよ」では、Moment Joonの記事に関するコメント欄がピックアップされている。

いわゆる「ヤフコメ」は、差別的な内容が目立つことがしばしば問題になるが、このシーンにキャプチャされているコメントも眉をしかめてしまうようなものが多い。(もちろん応援したり、理性的な内容もあるが)

「直接会いに来て欲しいならとりあえず住所言おうな」というコメントをマウスオーバーしている時、Moment Joonは「怒ったってしょうがないよ 仲良くしようぜ」と外連味たっぷりに歌う。

そして、再びhookになると「これで会いに来れるよね?」というテロップが付く。このシニカルなセンスは彼の聡明さからくるものだろう。

客演にも積極的に参加している

Moment Joonの存在感は、これまで多数参加してきた客演でも輝いている。

中でも知名度が高いのはSKY-HIの「Name Tag」だろう。

俺の財布には札の代わりに在留カード

黙って働くのが日本が提示するRole model

生まれ育ちずっと日本のやつが日本語らしくもないラップでコケてるうち俺は呼ばれてるよ「伝説」

同じ大阪を拠点にしている韻踏合組合のアルバム「マラドーナ」の1曲、「イカれてる イっちゃってる 異ノーマル」も必聴だ。

タイトルでも分かるように、BUDDHA BRAND「人間発電所」のNIPPSのリリックをヒントに各々が「普通じゃない」ラップをするのだが、Moment Joonは最後に登場する。

礼儀正しいのにコンセプトキチガイ

そういう奴ら みんなキャリア短い

ニセモンキチガイの敵は所詮マトリ

俺の敵は日本の偏見と日本の総理

お前の緑は草 俺の緑はパスポート

ずっとメンヘラしときゃいいよ

俺は行くよ王道

質問 日本が怖がるのはどっち?

質問 日本を変えちゃうのはどっち?

バース全編がパンチラインだ。

曲を聴けばわかるが、ERONE・遊戯・HIDADDY・SATUSSYに漢という錚々たる面子のライムをオチでバサバサ切る形なのが痺れる。

確かな実力は文章にも表れている

これまでで、Moment Joonが実力派ラッパーとして覚悟を持って自分の気持ちを発信していることが分かったと思うが、実は文才も素晴らしい。

自伝的小説「三代 兵役、逃亡、夢」では自身や父親の兵役、祖父の朝鮮戦争の経験がオムニバス形式で綴られている。

以前から韓国には日本とは違うマッチョイズムやプレッシャーがあるように感じていたが、三代を読んでほんの少し、砂の一粒ほどだけでもその背景に触れられた気持ちだ。

祖父が命からがら生き延びたどり着いた先で北朝鮮出身者への差別で苦労したのが、のちに韓国民主運動の最重要エリアとなる光州だということはとても興味深い。

物語が進んでいくにつれて本質に迫っていく親子の会話は、多くの人の感情を揺さぶるだろう。何者かになること、その責任や重圧、人生をかけるということの重さ。

 

今発売中の現代思想「Black Lives Matter特集号」にも、日本語ラップからAwich、なみちえと共に寄稿している。

 

Moment Joonが伝えたいことは?

先述のストリーミングライブで、Moment Joonが「(自分の曲やパフォーマンスを見て)一番怖いのは、『感動した。』で終わってしまうこと。何かを感じたなら、全く別の分野、例えば会社のパワハラや家族間のDVなど、これまでそういうものだからと黙認してきたこと、つまり『日本は変わらない』と思っていたことに対してなにか行動をしてほしい。」と語るところがある。

大変耳が痛い言葉だ。

自分を含め多くの人が、自分たちの周りや社会が良い方向に変わっていって欲しいと思いつつも、「これまでもそうだったから」「どうせなにも変わらないから」と大きな流れに身を任せてしまう。

Moment Joonのように果敢に声を上げる人を代弁者やアイコンとして消費して終わることは、なんらかの感情を発散して気持ちよさを得るという点で、彼を軽視したり差別的な言葉を投げかける人と本質的には変わらないのかもしれない。

ネットフリックスの人気プログラムの「クィアアイ」を見た時も同様にハッとさせられた。

クィアアイはクィア(性的マイノリティの総称)による単なるメイクオーバー番組ではなく、「様々な背景や考えを持つ人であっても、愛と寛容があれば分かり合える」というのが根本的な考えだ。

シーズン1と2はジョージア州が舞台で撮影が行われた。ジョージア州は保守的な傾向がある南部の中でもいわゆる「赤い州」(共和党支持者が多い)として知られており、トランプ大統領支持者も多い。

有色人種やLGTBQには寛容とはいい難い土地柄だ。

そういった環境で依頼者やその周囲と、思想を超えて心を通わせる様子は世界中で共感を得ている。

シーズン5は色々なルーツを持つ移民者をサポートしてきたが、特に印象深いのが韓国系移民2世の小児科医が主役の回だ。

アジア人女性として、移民2世としてプレッシャーに負けないよう懸命に生きてきたリリーは、セルフケアを通じて自分の魅力に気づき、自信を身につけていく。

美容担当のジョナサン・ヴァン・ネスは終盤にリリーの手を取って、こういうのだ。

You are a literal inspiration.

In this day and age,a first-generation Korean-American becoming a doctor,mom,like,

you are the epitome of an American dream.

あなたは希望の光

今の時代に、(移民の親を持つ)韓国系アメリカ人として医師となり母となった。

あなたはまさにアメリカンドリームだよ。

自分たちができること

日本にもMoment Joonのように多様なルーツを持つ多くの人がそれぞれの生活を送っており、それは何者も侵害できないものだ。

しかし、社会がそれぞれを尊重できているかというと残念ながらうまくは行ってないのが現状だろう。

時代の不安定さからか移り変わりの激しい社会だからか、保守的な人もリベラルな考えを持つ人も「絶対的に正しいもの」を求めすぎているように思う。

論破してやろうと思う前に、まずは耳を傾けることから始めていきたい。

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